「自分の髪、好きですか?」
こう問われて「はい」と即答できる方は少ないかもしれません。
「自分の髪、大切にしていますか?」
これも「はい」と答えるのが、難しい問いかもしれません。
「髪」は、毎日、目にする、とても身近なもの。
ただ、身近で「当たり前」にあるものほど、大切にするのが難しい。
実際に、本屋さんの「美容」コーナーに行くと、
メイクやお肌のケア、ボディケアの本はたくさんありますが、
「髪」に関する本は、本の少しあるだけ……
顔のすぐ近く、いつも目に入る場所にあるはずなのに、髪は「盲点」になりやすい気がするのです。
だけど、私たちはこう考えます。
「自分の髪を大切にできる人は、本当の意味で自分を大切にできる人であり、他者も大切にできる人である」
だからこそ、髪を大切にケアして欲しいと思っているわけですが、このように考える理由を、いくつかの視点からご紹介したいと思います。
髪を大切にしたい理由1:「髪」が印象を左右する
まずは、とても現実的な視点として、髪は、私たちの第一印象を大きく左右します。
主な理由は2つ。
表面積が大きいので目が行きやすい
現実的な話として、初対面の方は「見た目」で印象を判断するのではないでしょうか。
体系、服装、雰囲気など、いろんな要素が複合的に影響しているとは思いますが、何と言っても大きな影響を与えるのは「顔」。
そして、顔のまわりにある「髪」も、人の印象を左右します。
黒くて、艶やかなストレートヘアからは、「凛とした印象を受けるかもしれませんし、軽やかなショートヘアからは、「爽やかさ」や「アクティブ」な印象をイメージします。
毛髪診断士の元井里奈さんは、インタビューのなかで次のように話しています。
「人の第一印象の7〜8割は『髪型で決まる』と言われています。
なぜなら、髪は頭部の大部分を占め、真っ先に視界に入るから。
髪の状態は、採用面接の結果にも影響を及ぼすというデータもあるんですよ」(引用元:人の印象は、髪が決め手!?今気を付けたいヘアケアのこと©元井里奈/2022 スターバックスコーヒージャパン健康保険組合)
リモートワークが進み、オンラインMTGが増えると、「髪」はより大きく印象を左右するようになります。
画面に映るのがバストアップだと、髪の占める割合はより大きくなり、その分、人の印象に残りやすくなるのです。
ケアの質によって、差が出やすい
スキンケアやメイクに比べると、髪のケアは後回しにされる方が多いものです。
ただ、だからこそ「差」が出やすいポイントだといえるでしょう。
特に、年齢を重ねると、嫌が応でも「髪」にそれまでの人生があらわれてきます。
ダメージが出やすいケアをしてきた方は、パサつきやツヤのなさが目立つようになり、人によっては薄毛や白髪に悩まされることもあるでしょう。
Invest in your hair. It is the crown you never take off.
(髪に投資をしなさい。それは、脱ぐことのない冠なのだから)
英語の名言でこのようなものがあるのですが、
年齢を重ねたときこそ、自分が積み重ねてきたものが
「髪」という名の「冠」になって明らかになってくるのかもしれません。
髪を大切にしたい理由2:「髪」は切っても痛くないけれど、「あって当たり前」のものではない。
たとえば家具の角に足の小指をぶつけるまで「小指」を認識できないように、「髪」も「痛む」までは、その大切さに気づきづらい存在かもしれません。
でも、「髪」はなかなか「痛み」を教えてくれません。
小指であればブツければ「痛み」に気づきますが、髪は切っても痛くありません。
だけど、そうやって「痛み」が感じられない分、髪は「あって当たり前」だと思いやすいし、何なら「自分の好きに扱ってもいいもの」だと考えやすいのではないでしょうか。
でも、髪があるのは、決して当たり前ではありません。
KAMI.llcの活動をとおして、脱毛症の方のお話を聞く機会がありました。
その方は、何の前触れもなく、ある時突然、髪がぬけはじめたといいます。
しかも「原因は不明」。
今の医療では完治する方法が見つかっておらず、ウィッグをつけることを勧められたそうです。
「髪がぬけて、はじめて気がついたのですが、私たちは、日々、髪があるのが当たり前だと思っているし、髪も頭皮も傷めつけているんですよね。
染めたり、パーマをしたり……私も色々やってきました。
”あるのが当たり前”だと思って生活していたけれど、なくす体験をしてはじめて”髪が当たり前にあることのありがたさ”に気づきました」
このように話してくれました。
ここまで極端なケースは少ないと思うかもしれませんが、女性の脱毛や薄毛は、確実に増えています。
佳秀工業株式会社が2018年に40〜50代の女性を対象に行った調査によると、髪の悩みがあると答えた方の割合は7割、そしてその3割が「薄毛」。
引用元:「女性約3人に1人が「薄毛」で悩んているという結果に!?「髪もファッションの一部」とされる現代、女性を悩ませる深刻な問題が明らかに。【女性の薄毛に関する意識調査】
若い頃は、親がいて当たり前。
でも、それは幻であることーー
時に厄介な存在でもある親が、いつかはいなくなる存在であることを、歳を重ねるなかで気づきはじめます。
髪だって、あって当たり前のものではない。
なくなる「痛み」を経験する前に、髪の声に少しでも耳を傾けてみてほしいと願うわけです。
髪を大切にしたい理由3:髪を大切にできる人は、自分を大切にできる人〜ヘアケアとセルフ・コンパッション〜
「セルフ・コンパッション」という言葉をご存知ですか?
「コンパッション」は「思いやり」や「慈悲」と訳されることが多いのですが、仏教指導者のジョアン・パリファックス老師は、著書のなかで次のような言葉を与えていました。
「人が生まれつき持つ、自分や相手を深く理解し、
役に立ちたいという純粋な思い。自分自身や相手と、共にいる力」(引用:『Compassion:状況に流されずに、本当の変容を導く「共にいる」力』©ジョアン・ハリファック/英治出版 )
このニュアンスを残すため、あえてカタカナの「コンパッション」として書きますが、コンパッションは、誰もが生まれながたにもっているものです。
誰かを愛し、大切にし、未来世代のために、地球環境のために、少しでも何かをしたいと望む想いの奥底には、きっと、あなたの「コンパッション」があるのでしょう。
でも、物事には順番があると思うのです。
誰かのために、未来世代のために、地球環境のために、少しでも役にたつことをしたいのであれば、まず、自分自身に「コンパッション」を向けることが大切だーー
というのが「セルフ・コンパッション」の大雑把な考え方です。
(もっとしっかり知りたい方は、こちらの本がおすすめです)
自分自身に思いやりや慈悲、慈しみ、労わりを向けること。
これは、簡単なようで、実は難しいことだったりします。
特に、日ごろから「誰かのために、世界のために、未来のために」と忙しく動きまわるKAMI.llcのお客さまたちは、自然と意識が、外の世界へと向かってしまうのではないでしょうか。
でも、そんなみなさまにこそ、この言葉をお贈りします。
多くの著作をもつアメリカの教育者、PJ.パーマーの言葉です。
「セルフケアをすることは、自己中心的な行為ではありません。
これは自分というギフトに対する義務であり、
その大切さを周りにも分け与えることが私の使命なのです」
特に、「髪」は、切っても「痛み」さえ感じない、身体のなかでも後回しにされがちな部位。
そんな盲点になりがちな「髪」に目を向けられる方であれば、自分自身をまるごと受けとめて、労わりをもって接することができるのではないでしょうか。
そうやって自分自身が満たされたとき、まわりにいる人たちに対する「コンパッション」が自然と溢れ出していくのです。
「髪」を大切にすることから、思いやりと慈悲の連鎖がつながる社会が生まれていく……
(しかも、みんなの髪が艶やかで美しい!)
そんな素敵な未来をイメージしながら、もう少しだけ続けます。
髪を大切にしたい理由4:髪は「神」と自分自身をつなぐもの?
なぜ、「髪」は「かみ」と言われるのか
そもそも「髪」はなぜ「かみ」と言われるのでしょうか。
「髪」が「かみ」という名で呼ばれるようになったのは、古代のこと。
書籍『髪の文化史』(荒俣宏著)には、次のように書かれています。
一般に日本人は、天上に神がいる、と考えたので、上をあらわすカミという語を神の意味にも用いた。
当然、人体に宿る神、すなわち魂もまた、上にある毛髪に住まうと信じるようになった。(引用:『髪の文化史』©荒俣宏/潮出版社)
細かくみていくと、神と髪ではミの発音が違ったらしいのですが、平安時代以後は、発音の区別がなくなったので、
「上=髪=神」となっても不思議ではない、と荒俣氏は発想しています。
「髪」と「神」に関する世界的な伝統の共通点
さらに「髪と神が等しいという発想は、世界中のいたるところに見受けられる」とのこと。
太陽は、地上に生命をはぐくむ大きな自然のエネルギー。
このエネルギーは、太陽から発する光の筋によって、地上に送りとどけられる。
古代人は、この光線を「太陽の髪の毛」と考えた。
したがって、太陽は「光り輝く長い髪をもち、長いひげを生やした神」としてイメージ化される。(引用:『髪の文化史』©荒俣宏/潮出版社)
そんな影響もあって、太陽神とされるギリシア神話のアポロン、インド神話のアグニなどは、長い髪をのばした神の姿をとっているとか。
このように「髪」は、古代から「神」、別の言い方をすると人知を超えた大いなるもの、自然、聖なる力の象徴として捉えられていました。
こうした伝統は、私たちの身近にもあります。
フラダンスをしている方の髪が長いのは、「髪には霊力(マナ)が宿る」という言い伝えがあるためだと言われますし、日本でも、神社の巫女さんの募集要項に、「黒髪(ヘアカラー等を行っていない)の長髪」と今でも書かれることもあります。
(黒髪の長髪が、神に仕えるのに相応しいと考えられているのかもしれません)
ここまで同じような伝統が、各地で見られるのは、偶然でしょうか。
偶然にしては、出来過ぎているような気がしてなりません。
自分なりの「髪」観をもとう
髪は、その人の「魂」そのもの、「聖なる力」が宿る場所。
大いなるものと、自分の心、身体をつなぐ場所。
そうした視点で見てみると「髪」との付き合い方が変わってくるのではないでしょうか。
髪を大切にすることは、自分を大切にすること。
そして、自分を大切にすることができる人が、他者だけではなく、神までもを大切にできる。
私は、このように感じているのですが、みなさまは、どう思いますか?
これをきっかけに、ご自分なりの「髪」観(髪をどのように捉えるか、髪とどのように付き合うか)を、考えてみてください。
さいごに:大切な髪だからこそ「自然」のケアをしたい
ちなみに、、、山伏にあこがれる私にとって
「自分の髪に、真摯に向き合って、大切にケアすること」は、
もはや「修行」のひとつだと感じています。
髪を大切にすることは、「神との対話」であり「祈り」でもある。
そして、神としっかり向き合うために「自然」に沿ったケアをしたい。
そのように感じています。
だからでしょうか。
ヘナを髪に塗り、置いておく時間は、とても心地よく、幸せな時間。
そして、ヘナを施した後は、まるで滝行の後のように禊がれたような爽やかさがあるのです。
ちなみに、余談ですが、ヘナは聖なる植物としても知られ、「コフェル」という名で旧約聖書にも登場します。
なんでも、ノアの方舟の強度を増すために塗ったのがヘナだとか。
他にも、ヘナに関する逸話は、世界各地で事欠きません。
(例)
・クレオパトラが使っていた
・ミイラに塗られた
・「メヘンディ」として、今でも魔除けとして用いられている 等
長くなりましたが、、、
「髪」は、見た目はもちろんのこと、他者とのつながり、そして、魂、神とのつながりを考えるうえでもとても大切なもの。
そして、そんな大切な髪を慈しみ、労わるうえでとっておきのパートナーが自然のヘナ。
髪への愛を注ぐサポーターとして、ぜひご活用ください!
(粉末ヘナのほか、eco-vedaのシャンプー・トリートメントには「ヘナ」が配合されています。
ぜひご活用ください。)
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